負の世界遺産・原爆ドーム

日本の歴史を語る上で、外す事のできない『原爆ドーム』

史上初の原子爆弾の使用。人類が起こした悲惨な出来事。そんな事を2度と繰り返さないよう、負の世界遺産と呼ばれています。

 

原爆ドームの横を流れる元安川。原爆が投下された当時は、あまりもの熱さに、多くの人々がこの川に飛び込んだそうです。

今でも、人の骨が川の底に残ってるらしいです。

原爆ドームとは?


 

元々は、「広島県物産陳列館」という名称で1915年に設立され、広島県の物産品の販売や展示の拠点となっていました。

その後、1921年に「広島県立商品陳列所」と改称し、1933年には「広島県産業奨励館」と改称。この頃には美術展や博物展もやっており、文化の中心を担っていました。

広島のデパートなどが立ち並ぶ街中にポツンと…。本当にここに原爆が落ちたのかと、不思議に思うほどです。それが逆に恐ろしさを際立たせているのかもしれません。

 

近づいてみると…

原爆ドームの周りは柵で囲われてる為、中には入れません。(緑の芝生がまた良いですね〜)

ぐるっと周ってみると、ドームの中を覗くことができます。

※入れないが…Google Earthストリートビューで中から見れるらしい…。

 

上空600Mで原爆が爆発し、なぜドームだけ形として残っているのか驚きしかありません。でもこうして残ることは、人々に忘れさせることなく、語り継がれて欲しいという願いが込められてるのかもしれませんね。

 

広島平和記念公園を歩く


原爆ドームは広島平和記念公園の敷地内にあります。公園内・周辺には、広島平和記念資料館広島国際会議場国立広島原爆死没者追悼平和祈念館などがあります。

散歩でもよし。落ち着いているので、リフレッシュにいいですよ〜

広島平和記念資料館

ここでは、広島の歴史、原爆の恐ろしさを学ぶことができます。

「なぜ、広島に落とされたのか」「当時はどんな状況だったのか」

 

  • 原爆の仕組みや種類
  • 被爆で曲がったビン
  • 焼け焦げた服や三輪車
  • 被害にあった人の生々しい写真
  • 当時を記した日記

 

その他にも様々な遺品が置いてあります。何が起きたのか、その恐ろしさを証言VTRを通して知る事ができます。

館内には実際に被爆を経験したボランティアのガイドさんもいて、詳しく解説してくださります。お願いして、説明を受けることをお勧めします。教科書では学ぶことのできない貴重な体験があります。気になった方はここからホームページを覗いてみてください。

 

※資料館はリニューアルして綺麗になったそうですが、以前の資料館には水を求めて歩く皮膚の焼けただれた子供達の人形(被爆再現人形)が置いてあったそうです。現在は『怖い』と言う理由で撤去されてしまいましたが、核の怖さ、を伝える為にはあって良かったのでは?(地元民情報)

 

僕は原爆は悲惨である。という事を知っていても、具体的には想像すらできていませんでした。戦争も経験した事がない、自分からは離れた存在と思っていたのが、ぐっと近づきました。

普段何気なく見ている、核問題のニュース。ミサイルの実験など、今までには感じた事のない恐ろしさを覚えました。

 

 

なぜ、折り鶴が平和の象徴?


ここに、「原爆の子の像」とたくさんの千羽鶴があります。また、年間を通し、たくさんの千羽鶴があげられることから、別称で「千羽鶴の塔」と呼ばれているそうです。

 

今では折り鶴は平和の象徴とされています。なぜ、そのようになったのかは1人の少女が深く関わっています。

 

佐々木禎子さんは2歳の時に被爆しました。しかし外傷もなく、元気に過ごしていたところ、9年後の1954年(小学校6年生)の秋に突然病に見舞われ、翌年2月に白血病と診断されました。そして、8か月の闘病生活の末、1955年10月25日に亡くなりました。

 

日本では「鶴は千年亀は万年」と言われるように、鶴は長寿の象徴とされ、折り鶴を作るたびに寿命が延びると考えられていたそうです。江戸時代に庶民の間で流行ったとか…。

その時に、回復を願い、「千羽折ったら願いが叶う」と信じて鶴を折り続けたそうです。しかしそれは叶うことができませんでした。

禎子さんの死をきっかけに、原爆で亡くなった子供達を霊を慰め、平和を築く為に、像を作ろうという運動が始まったそうです。そうして募金により作られたのが「原爆の子の像」です。

今でも、日本、世界各地から折り鶴が捧げられ飾られています。

 

 

最後に


次か次へと新しい技術や考えが生まれる世の中は、身の回りの生活を便利にし、より良いものになってきています。

それは、いろんな逆境を乗り越えて今がある。原爆ドームはそれを形として残している。

普通に生活ができることに感謝しなくてはいけないと思いました。戦争を経験した人が減ってきていて、次の世代に伝えていくためにも、今しか学べない事がある。

ネットで何でも調べれるけど、自分の目で直接見て感じる事しかできないこともある。そんな経験を積んでいきたいと思いました。

 

8月6は、原爆ドームの横を流れる元安川で『灯籠流し』がありました。そのことについても記事にしたいと思います。ぜひ、読んでください!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です